人生の失敗ってなんだろう?
ゲームでミスをしてゲームオーバーになる。
そんなとき、
「もう一回挑戦して上手になろう」
「アイテムが足りないから調達してから再戦しよう」
「レベルが足りないから、少し上げてから挑戦しよう」
みたいに考えたりする。
ある意味、単純化されたゲームの中では、何が足りなかったのかを比較的簡単に導き出すことができる。
ところが、これが現実になると急に攻略法が見えなくなる。
それどころか、自分はダメな人間なんじゃないかと思わされることさえある。
たとえば仕事で失敗したとする。
「なぜ確認しなかったんだ」
「普通は確認するだろ」
「全然ダメだ」
「もう任せられない」
そんなふうに叱責されたりする。
でも、この叱責をいったん冷静に分解してみる。
今回の失敗の原因は、
「確認していなかった」
「確認することをルール化していなかった」
ということなのかもしれない。
後半の
「全然ダメだ」
「もう任せられない」
という部分は、今回の仕事に対する評価や、この状態が続いたらどうなるかという予測に、相手の感情が乗って飛んできたものとも考えられる。
人は強い言葉を感情ごとぶつけられると、そのまま自分の感情に変換してしまうことがある。
「全然ダメだ」
が
「私はダメだ」
になり、
「もう任せられない」
が
「私は見限られた。もうダメだ」
になってしまう。
でも、一度立ち止まって考えてみる。
単に確認していなかっただけかもしれない。
確認する仕組みを作っていなかっただけかもしれない。
もし仕事をゲームとして考えるなら、
「確認していればクリアできた可能性がある」
「次は確認する仕組みを入れて挑戦してみよう」
くらいの話になる。
ゲームは仮想の作り物で、仕事は現実に存在する本物。
そう分けて考えたくなるかもしれない。
でもゲームには、現実にある複雑なものをいったん削って、ある部分だけを単純化し、体験しやすい形にしたものがたくさんある。
だとしたら、その単純化された考え方を現実に持ち帰ってみてもいいんじゃないだろうか。
失敗したとき、
「私はダメだ」
と考える前に、
「今回、何が足りなかったんだろう」
と考えてみる。
それくらいゲームっぽく考えてもいいのかもしれない。