好きなことは役に立たないとだめ?

人には、好きなものや好きなことがあったりする。

絵を描くのが好き。
ゲームをするのが好き。
旅行するのが好き。

もしかしたら、

石を集めるのが好き。
ペットボトルのキャップを集めるのが好き。

そんな人もいるかもしれない。

絵を描くとか、ゲームをするとか、旅行するとかいうと、なんとなくおさまりがいい。

でも、

「石を集めています」

とか、

「ペットボトルのキャップを集めています」

と言うと、

「それって何かの役に立つの?」

と聞かれることがあるかもしれない。

そう聞かれると、自分でも、

「たしかに何の役にも立ってないかも」

と思ってしまうことがある。

でも、そもそも「役に立つ」ってどういうことなんだろう。

絵が上手になれば、イラストレーターになれるかもしれない。

ゲームが上手なら、eスポーツ選手になれるかもしれない。

旅行が好きなら、旅行を題材にした動画を作ったり、仕事につなげたりできるかもしれない。

では、ペットボトルのキャップを集めることは何の役に立つんだろう。

こうして考えてみると、

「役に立つ」

という言葉の中に、

仕事になる。
お金になる。
人から評価される。
褒められる。

みたいな基準が、いつの間にか入っていることがある。

もちろん、それを目指すのが好きな人もいると思う。

上達して評価されるのがうれしい。
好きなことを仕事にしたい。
誰かに認めてもらいたい。

それも全然ありだと思う。

でも、自分が面白いと思ってやっていることを、

「何の役にも立っていない」

と思って落ち込む必要まであるんだろうか。

ただ面白い。

ただ集めたい。

ただやっている時間が好き。

それではだめなんだろうか。

人からの評価が高くないと、役に立ったことにはならないんだろうか。

自分が面白いと思っている。

楽しい時間を過ごしている。

またやりたいと思っている。

その時点で、少なくとも自分の役には立っているんじゃないだろうか。

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